2020年3月24日、佐賀県武雄市で開催される予定だった「アジアベストレストラン50」(2020年2月25日に中止発表…)。このイベントは英国で「レストラン」という専門誌を発行し、「世界のベストレストラン50」や、国際的なワイン品評会「IWC」を主催する英国の「ウィリアムリードビジネスメディア社」が手がける一大祭典で、“食のアカデミー賞”とも呼ばれている。ランキングを決めるのは世界各国のフードジャーナリスト、レストラン関係者、フーディーなどから成る「アカデミー」による投票で、ミシュランとは違う基準で世界のフードシーンに多大な影響を与えている(ランキングが食のトレンドに大きく影響を与えるほど!)。
アジア部門は8年前から始まり、シンガポールやバンコク、マカオといったアジア有数の観光都市で開催されてきたが、今回は“日本初”、しかも“地方都市での初開催”となる。実はこの意味は非常に大きい。もともと日本は、昨年のランキングを見ても50位中12店を日本のレストランが占めるほど常に注目を集めているが、大阪の「La Cime」や福岡の「La maison de la nature Goh」など、地方勢もランクイン。それだけ今、海外勢も地方の魅力に気づきはじめているということなのだ。
授賞式では選ばれた50店のレストランがランキング形式で発表されるほか、さまざまなスポンサーによる賞も!アカデミーだけでも318人、表彰されるシェフ、関係者などを含むと、多くの食いしん坊たちが九州にやってくる「アジアベストレストラン50」。この機会に九州の魅力をたくさん伝えたいところである。
シェフインタビュー
今回は「La maison de la nature Goh」の福山剛さんと、ベスト50常連の東京「龍吟」で修行し、昨年福岡にお店を開いた「奈良屋町 青」の金田英之さんに、「あなたが50シェフたちに伝えたい九州」について伺ってみた。
福山剛さん
La Maison de la Nature Goh
・福岡市中央区西中洲2-26
・092-724-0955
・18:00~24:00
・日曜休
・あなたがトップシェフたちに「九州ってどんなところですか?」と聞かれたら、どのように答えますか?
東京や福岡に比べて生産地も近く、クオリティの高い食材が手に入りやすい。そこまで都会ではないけれど、温泉も近くにあって、リラックスできるところだよと伝えます。
・あなたが教えてあげたい、今注目の“Made in 九州”とは?
九州には「食」を目当てに来る方が多いですね。特に海外の方は抹茶、柚子、イチゴなどの生産地に連れていってあげると喜ばれます。また、「安心院ワイナリー」のスパークリング(※1)は、シェフやワインジャーナリストなど、どんな人に出しても高評価です。お店でペアリングの際に人気なのが「篠崎酒造」の「朝倉」(※2)。麦焼酎を樽熟成しているのですが、飲んで買って帰るゲストもいらっしゃいます。昨年、鹿児島の「枕崎」へ「鰹節」工場の見学にいったのですが、それも素晴らしかったです。
・今後、九州のフードシーンに期待することとは?
フードマイレージが低いというのも九州の良さだと思いますので、こだわりの生産者さんともっと連携し、いい素材をすぐにテーブルへ、という仕組みをつくっていきたいですね。あと、温泉地や自然など、九州の素敵な観光地に、わざわざ出掛けたくなるレストランが増えるといいかなと。最近は徐々にそういったお店が増えているような気もしていますが。
金田英之さん
奈良屋町 青
・福岡市博多区奈良屋町4-11-3
・092-272-2400
・17:45開場、18時一斉スタート
・不定休
・あなたがトップシェフたちに「九州ってどんなところですか?」と聞かれたら、どのように答えますか?
海や山が近く、食材も豊か。食べ物も美味しくてリーズナブルだし、なんでも揃っている。人のスピード感もゆったりとしていて、気を張らなくていい、かな。
・あなたが教えてあげたい、今注目の“Made in 九州”とは?
佐賀県唐津市の「富田農園」(※3)の菊芋、イチジク、シナモンなどは本当に素晴らしくお店でも使っています。ここは日本で唯一ここだけでつくっているというものも多く、品質も確かです。牛肉は今、鹿児島の「のざき牛」(※4)や阿蘇の「赤牛」が気に入っています。あと、大分の「くにさきOYSTER」(※5)もいいですね。小粒ですが、旨味が濃厚なのにすっきりとしている。徹底管理の元、養殖されているので、安心して使えます。
・今後、九州のフードシーンに期待することとは?
安くて美味しいお店はたくさんあるので、お寿司以外で、国内外のゲストが目当てにするようなファインダイニングがもっと増えたらいいですね。安いバルもあれば、三つ星もある…九州はスペインの世界屈指の美食の街「サンセバスチャン」のような土地になっていける可能性に溢れていると思います。
シェフも注目する九州産の食材
福山シェフ、金田シェフがインタビューの中で挙げていた九州産の食材。ここで紹介できるのはほんの一部。九州を巡るとあなたならではの食材が見つかるかも!
「安心院ワイナリー」のスパークリング
1971年からワイン製造を開始した大分の総合酒類メーカー「三和酒類」が2001年に安心院町に開園したワイナリー。土壌つくりから始め、ブドウ作り、醸造など、すべての工程に徹底してこだわったワイン作りに定評がある。「ジャパンワインコンペティション」で金賞に5回も輝いた「安心院スパークリングワイン」は安心院で収穫されたシャルドネを100%使用。瓶内二次発酵という国内でも珍しい製法でつくられている。細やかでクリーミーな泡が美しく、雑味のないクリアな辛口スパークリングワインだ。2019年には「デキャンター・アジア・ワイン・アワード2019」にて、日本ワイン史上最高のポイントで金賞を獲得。また、「即位礼正殿の儀」の翌日開催された首相主催の晩餐会前に日本ワインを代表し、180カ国余りにおよぶ賓客に振る舞われた。
安心院スパークリングワイン(750ml)¥3,182(税抜)
・安心院葡萄工房
・大分県宇佐市安心院町下毛798
・0978-34-2210
・www.ajimu-winery.co.jp
「篠崎酒造」の「朝倉」
穀倉地帯である福岡・朝倉の老舗蔵「篠崎」。6年もの間、ウイスキーのように樽の中でじっくりと熟成させた麦焼酎は、香り・味ともにまろやかで、完成度が高い。この美味しさを伝えたくても「焼酎」というカテゴリーでは法律上、色味の制限があったため(過度な濾過が必要となる)、あえて「リキュール」という枠の中に入れて製品化。醸造家の念願が叶った琥珀色の1杯を楽しめる。度数は40度だが、まずはストレートで味わいたい。
朝倉(500ml)¥3,300(税込)
・「篠崎酒造」
・福岡県朝倉市比良松185
・0946-52-0005
・http://www.shinozaki-shochu.co.jp
「富田農園」
写真の「キューティーキング」は6月下旬から収穫。写真右は、仏陀の手の形に見える柑橘、「仏手柑」。
佐賀県唐津市浜玉町で富田秀俊さんが営む農園。フランス生まれの黒イチジク「ビオレソリエス」や、皮ごと食べられる緑イチジク「キューティーキング」、「仏手柑」、馬渡島で自生していた木を発見し、栽培を復活させた柑橘「元寇」など、稀少な農産物を栽培。いずれもパイオニア的存在でノウハウがなかったため、創意工夫を重ね、独自の栽培法を確立している。「奈良屋町 青」では富田農園のシナモンをアイスクリームに使用。その濃厚な香りがゲストを幸せな余韻へと運ぶ。
・「富田農園」
・佐賀県唐津市浜玉町平原甲1471
「のざき牛」
今でこそ“ドメーヌ牛”という言葉も一般的になりつつあるが、その先駆けとなったのが「のざき牛」。ドメーヌ(生産者単位)、つまり個人名がついたブランド牛として、日本で初めて誕生したのがこの牛だ。東京・恵比寿の「ウェスティンホテル東京」最上階の鉄板焼レストランの売り上げを急増させたほど、その美味しさには定評があり、全国から引っ張りだこ。鹿児島県薩摩川内市の豊かな自然の中、徹底した品質管理のもと、大切に育てられた「のざき牛」は数々の和牛の大会で何度も優勝し、脂の旨味と濃厚な味わいが特徴だ。
・「農業生産法人のざき」
・鹿児島県薩摩川内市御陵下町7-47(※見学不可)
・https://nozaki-farm.jp/
「くにさきOYSTER」
大分県国東市で、漁港、自治体、ヤンマーが三位一体となって取り組んでいるブランド牡蠣。国東半島独自の干潟の多い地形と、栄養が豊富な沖合の漁場を使い分け、自然豊かな地を活かしながら高品質な牡蠣が育てられている。国内では珍しいシングルシード養殖方法が取り入れられ、養殖中や出荷前にも徹底した衛生検査を行うなど、生食用の厳しい基準を通過したものだけが出荷される。小粒ながら甘味と旨味がたっぷりと凝縮され、歯応えもあってプロも唸る美味しさ。
・「ヤンマー株式会社 マリンファーム」
・大分県国東市武蔵町糸原3286
・https://www.kunisakioyster.com/ja/
九州の食事情 –
福岡のレストランが美味しい理由!?
地図を開くと、島国である日本は「海国」のように見えるが、その実「山国」でもあり、その両方の恩恵にあずかった豊かな国である。中でも南側に位置する九州は、地の利がもたらす山海の幸に恵まれた、日本で最も豊かな地方。野菜・果物・肉・魚…いずれも、世界に誇れる極上の素材が揃う。それだけ豊かな生産地が近いというのはレストランにとって、大きなアドバンテージとなる。
また、阿蘇山・桜島・雲仙岳・新燃岳など活火山も多く、どこを拠点にしても少し足を伸ばすだけで、豊かな自然を感じながら温泉を楽しめる。つまり、美味しいものを食べ、温泉に浸かるという極上のリラックスが気軽に叶うというのは九州ならではの醍醐味だ。
「九州」とひとくくりにしても、各県それぞれの個性があり、食の名産品も異なる。まず、南九州では水捌けのよい土壌を利用した畑作や畜産が盛ん。特に宮崎や鹿児島は芋の栽培に適しており、芋を原料とした焼酎文化が根付いている。また、南九州といえば畜産業。3年連続でアカデミー賞授賞式後の公式パーティーで提供されている「宮崎牛」や「全国和牛能力共進会」で日本一に輝いた「鹿児島牛」など世界に誇れるブランド牛が充実し、豚や鶏の美味しさにも定評がある。ふるさと納税日本一に輝く宮崎県都城市でも返礼品の上位を占めるのは圧倒的に肉類だ。九州は畜産部門の農業産出額が全国の約25%を占めている畜産王国であり、それを支えているのが南九州の畜産農家なのだ。さらに、南九州はお茶の栽培も盛んで、鹿児島県のお茶の生産量は全国2位となっている。
一方、平野部の多い北部九州では稲作が盛ん。美味しい米と美しい水に恵まれ、日本酒文化も発達している。福岡県久留米市、佐賀県鹿島市などは多くの酒蔵のある町として知られ、国内外にファンを持つ酒蔵も少なくない。また、九州の北西部には大陸棚が広がり対馬海流が流れる「玄界灘」という海域があり、世界有数の漁場として知られ、魚の美味しさに定評がある。特に長崎県は対馬海流や玄界灘、有明海、東シナ海など多彩な海に囲まれ、獲れる魚種の多さや美味しさは九州随一。海岸線の長さも全国2位で、多様な沿岸漁業や養殖が行われている(これは九州の他県にも当てはまる)。
そして、九州全体で元気なのがフルーツの栽培だ。昨年、佐賀県が7年もの歳月をかけて開発した新ブランド「いちごさん」をはじめ、おなじみの「あまおう」などのイチゴのほか、宮崎のマンゴー「太陽のタマゴ」、完熟金柑「たまたま」など、全国ブランドとなったフルーツが目白押し。また、温暖な気候と山地の斜面を利用した柑橘類の栽培も盛んで、熊本の「デコポン」や「晩白柚」、宮崎の「日向夏」などが有名。最近では、佐賀の「せとか」「はまさき」「清見」など、皮が薄くジューシーな「中晩柑」の人気が高まっている。
このように豊かな食材に恵まれた九州は、日本全国から美味しい食を求めツーリストが集まる。「アジアベストレエストラン50」や「ミシュラン」が発表されると、その店に行くこと自体が人々の旅の目的となり、街の活性化のきっかけとなる。また、そんな旅をきっかけにその土地の魅力に気付き、リモートワークで働く移住者や、耕作放棄地問題に一役買う「脱サラ農家」なども増え、さまざまな人々が入り混じることで、九州の食を巡る環境は、ますます豊かで楽しく発展の一途を歩んでいる(多分!)。
2020年食のキーワードとは?
「FUKUOKA NOW」が考えるキーワードはこれ!
「Healthy Delicious and Fun」
(食事は体によく、美味しくて、楽しくなきゃ!)
体にいいものというのはもはや当たり前。これから大切なのは、“美味しく”、食べて“楽しいか”ということ。
例えばこんなキーワードが気になる!
「クリーンイーティング」
できる限り自然に近い食品を食べる食事のスタイルのこと。砂糖や農薬、保存料、化学薬品をできる限り使わない新鮮で無加工、オーガニックの自然食品を摂ること。食品成分が表示されたラベルを見て、知らない化学物質が入っているものは避ける。飲み物は、アルコール、炭酸飲料、果汁100%でないジュースなどが避けるべきとされている。
「Good Food」
東京オリンピック選手村では、食の安全や環境保全に取り組む農場に与えられる「GAP認証(Good Agricultural Practice(農業生産工程管理)の頭文字を取ったもの)」を得た国産食材が使われる。この「GAP認証」とは100項目以上の審査を通過した農家だけが取得でき、なかなかハードルが高い。
「発酵食品」
世界一に輝いたデンマークのレストラン「ノーマ」ではあらゆる料理に何らかの形で発酵食品が使われおり、発酵食品はフードシーンでも熱い注目を集めている。日本は味噌・醤油をはじめ塩麹、甘酒、天然酵母など、発酵王国!伝統的な身近な食材を見直してみることは健康で美味しく、楽しい!への近道だ。
「イノベーティブ」
「アジアベストレストラン50」に限らず、世界のベスト50でもランクインするレストランはイノベーティブと呼ばれるジャンルが多々。日本料理、フランス料理などベースとなる料理はありつつも、シェフのセンスで軽々と国境を超え、美味しい融合を遂げた料理は新鮮で驚きに満ちている。
「“美味しい”ヴィーガン、プラントベース」
環境と身体を考えたときの当然の選択肢。プラントベースの食材を使ったファストフード(手軽な食事)など、美味しく気軽に楽しめることがポイント。頑張らなくてもいいヘルシー。
「地産の飲料」
その土地で育った食材にその土地でつくられた飲料が合うというのは昔から自然の摂理。もはや飲料もマイレージの少なさが求められる時代。ツーリストが求めるのもその土地ならではの酒だ。アルコールに限らずお茶、ノンアルコール飲料も充実してもらいたいところ。
Originally published in Fukuoka Now Magazine (fn255, Mar 2020)