“負け犬”とカテゴリー


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本で話題の“負け犬”像って?

 あなたは20歳過ぎのうら若きOLで、ある日ふたりの男性から食事に誘われたとする。ひとりは会社の同僚で、いまのところは貧乏で話題も乏しく、新しく出来た居酒屋に行こうという。もうひとりは既婚で物識り、マスコミの仕事をしている年上の男性。行きつけのフグ屋に連れていってくれる。さて、どちらについていく?
こんな一節が「負け犬の遠吠え」というベストセラーのなかにある。「”30代以上、未婚、子なし”は負け犬である」と言い切ったこの本は、昨年秋、日本で発売されて以来大ヒット、多くの独身女性の共感を呼ぶと同時に議論も巻き起こしている。

 この本が話題になる背景には、未婚、晩婚化の影響が大きい。いまの日本は女性が結婚したくてもできない時代。ここ福岡でも例外なく、未婚率は東京、京都についで堂々第3位。”負け犬都市福岡” を名乗ったところでちっとも恥ずかしくない好成績である。(自慢にならないが…)

 ところで冒頭の質問。二人の男性のうち、前者を選ぶのが勝ち犬、後者を選んだあなたは負け犬だ。なにしろ負け犬はおもしろいことが大好き。「やらないで後悔するならやって後悔するほうがまし!」を合い言葉に(これが全てのひとに共通する概念でない、という事実に負け犬は愕然とするのであるが…)安定を捨ててスリリングなほうにふらふらと歩いていってしまう。就職で商社とマスコミが受かれば間違いなくマスコミに行くし、自分を高めたい、という名目のもとに数々のお稽古ごとに手を出し、挙げ句の果てには「奥さんがいたって愛があれば!」などと純なココロでずぶずぶと不倫にはまりこんだりするのである。負け犬の特徴はまだまだある。子育てに忙殺されることがなく、金銭的にも余裕がある彼女らは自分をメンテナンスすることに熱心。センスの良い服、最新のコスメを身につけ、ボーナス時には「私にご褒美」と称してアクセサリーを買ったりする。子育てに使われるべきエネルギーを利用して数々のダンスをマスターしたり、伝統芸能に凝ってみたり、京都に通って仏像巡りをしたりする。そして負け犬の到達点はマンション購入。こうして絶対裏切らない相棒=ペットと共に自分の城を構え、かなりの確率で現れないであろう白馬の王子様を今日も待ち続けているのである。うーん、負け犬って意外とロマンチック(?)。

 こんな負け犬、生息するのは果たして日本だけ?と思いきや、いたいた。本のなかでもいわれているように現在、世界的に負け犬ストーリー全盛なのである。例えばロンドン代表「ブリジット・ジョーンズの日記」。出版社→テレビ局というまさに負け犬好きしそうな職場を渡り歩き、いつか王子様がー、と夢見て今日もアルコール摂取量を日記につけ続けるブリジット。ボストン代表「アリー・myラブ」のアリーは弁護士としてキャリアを積むも、結婚と出産への負け犬の怨念がダンシング・ベイビーの幻覚という形で出てくる。NY代表「Sex and The City」に至っては負け犬4人衆揃い踏みで明け透けな負け犬セックス観を展開、これまた大ヒットしているのである。これらの作品を見ながら「わかるわかる」とうなずく負け犬(洋犬)たちの姿がくっきり目に浮かぶ。

 こういった負け犬ストーリーブームからも明らかなように、どこの都市にも間違いなく負け犬はいる。さて、ここまで来たところで間違えて欲しくないのは「負け犬」というその言葉。実はここには勝ち負けの意味はなかったりする。これは言うなればただの言葉=記号であって、あるポジションを示すカテゴリーの名称にすぎないのだ。これまで独身女性たちは「なぜ結婚しないの?」という一言で答えられない問いに苦労してきた。それをこの本が出たことによって「あー、わたし負け犬なんです。ええ。」というシンプルな立ち位置を手にいれることができたのだ。実際にこの本を読んで、きゃんきゃん吠えた負け犬ももちろんいたが、「肩の力が抜けて楽になった」という負け犬も多数いたとか。これぞカテゴリー効果。日本人はなにかとカテゴリー分けが好きな人種だが、こんな風に役立つこともあるのである。この本は決して負け犬の敗北宣言ではない。むしろ「負け犬カテゴリー誕生宣言」という意外と元気な意味を持っているのかもしれない、と思うと同時に負け犬のパワフルさに感じ入ったり(…恐れ入ったり)するのである。

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