パン屋の哲学


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草柳正昭

 毎週日曜日の朝、私は決まって糸島にある草柳さんのパンを食べている。木の実などが練り込まれたそのパンはこんがり焼き上げられずっしりと重い。彼のパンは天然素材、独自の天然酵母を使ったヨーロッパの伝統的な焼き方で、優しい風味が口に広がる。そんなパンを作る彼から驚く言葉を聞いた。パンは作るが、実のところあまり好きではないのだという。草柳さんにとってパンとは作品であり、焼き上がりの完成品よりもむしろ行程にこそ意味があり、大切にすべき部分なのだとか。う~ん奥深い。ともあれ、彼のパンによって、私たちは幸せになれるというものだ。

編集長/ニック・サーズ

PROFILE
草柳正昭/神奈川出身

『即興詩人』オーナー。神奈川県横須賀市生まれ。イギリスをはじめヨーロッパをあちこち回りパン作りに目覚める。42歳の時福岡へ移住し、『即興詩人』をオープン。天然酵母を使った素朴な味わいのパンが人気を呼び、遠方から訪れる客も少なくない。
http://www.remus.dti.ne.jp/~ijumi-k/sokkyo.html
住所: 福岡県前原市多久507
電話: 092-324-3205
定休: 金曜

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Q. パンづくりのきっかけは何だったのですか?
A. イギリスの「ルドロゥー」という町のB&Bで朝食に出された黒パンを食べた時に、何かピーンとくるものを感じたんです。どっしりとした重みに加え、味、食感etc..バランスがとれていて。そのままキッチンを訪ねて、酵母を見せてもらったのが天然酵母を使ったパンとの出会いでした。

Q. どうしてイギリスへ?
A. はじめは「フランスに行こう!」と思い立ち、フランスへ行ったんです。行ってみたい街があったので、駅でたまたま通りかかった婦人に行き方を聞いたら、発音が悪いと注意されて…(泣)。それだけで、フランスが嫌になってしまって、そのままイギリスへ進路変更したんですよ。そして今度はユースホステルの行き方を通りかかかった紳士に聞いたら、丁寧に説明してくれ、別れ際に持っていたステッキで帽子のツバを持ち上げ、「Have a good day!」と! それからタクシーを拾おうと立っていたら、客を乗せているタクシーが止まってくれて、「ここで待っていてもタクシーは拾えないよ」と、わざわざ降りてきてタクシースタンドの場所を説明してくれて。この2つのことがきっかけですっかりイギリスが気に入り、そのまま2年間暮らしました。その後、一度日本に戻り、2度目は妻と子どもを連れて再びイギリスで暮らしました。その時、さきほど話した運命の!?黒パンと出会ったんです。

Q. では、この黒パンが草柳さんのパンのレシピの基本なのですね。
A. そうですね。他にも、ポルトガルやドイツ、ギリシャなどあちこち旅して回って、いろいろなパンとの出会いがありました。ハンガリーでの出来事もそのひとつ。とある小さな町に伝道師がいて、彼と一緒にパンを作りました。パンが出来たら売るのではなく、町で新聞紙を広げて集まる人にパンをあげるんです。果物と野菜と穀物で作った自然の恵みがいっぱい詰まった美味しいパンでした。スコットランドの路上で山羊を連れている露店のパン屋も印象的でしたね。これらの旅で出会ったパンすべてが、私のパンづくりの基本になっています。

Q. あちこち旅して回って言葉などは困らなかったですか?
A. 全く問題ありませんでしたよ 。その国の言葉が話せなくても目で通じ合える。目は気持ちの表れだと思うんです。だから、全く言葉が分からなくてもそこに存在できる。ある意味、日本では言葉が通じるだけに言葉におぼれてしまっているところもあると思うんです。いろいろなことに関してやたらと説明が多すぎる。もっと目に力を込めて話せば、相手への思いも通じるって思うんですよね。

Q. その後どうして福岡でパン屋をはじめることに?
A. 息子が日本の高校に通いたいと言ったので、日本に戻ることにしました。はじめは故郷である横須賀に戻り、横浜か鎌倉で店を出そうかと考えていたのですが、たまたま福岡在住の友人が取引先を探してくれるなど、いろいろ協力してくれて。海も山も近くにある前原が気に入り、この地で店を開くことにしました。

Q. こうして1982年に『即興詩人』はスタートしたのですね。とってもユニークな店名ですよね。
A. イギリスでは、町のあちこちに大きな公園があって、とーってものんびりしている。50~60代の男性が散歩の途中に立ち止まって詩の朗読をはじめるんです。すると、散歩途中の人はもちろん鳥やリスなんかも集まってきて、のどかな光景が広がります。それを見た瞬間に店名が浮かびました。

Q. それから22年、草柳さんにとってどんな道のりでしたか?
A. 実を言うと、パンが嫌いなんです(笑)。そもそも日本人(特に男性)にはパンが合わないと思うんですよね。だって、パンを食べている日本人男性を想像してみてもサマにならないと思いません? 日本人だもん、ごはん食べなきゃ! と言いつつ…、パン作りは大好きなんですよねー。果物や野菜などを使って作るパンは、作っていて本当に気持ちがいい。10人のうち1人でもいい、1日のうちに1人でもいいから、うちのパンを食べた時に恋をしたような気分になってくれる“ラブリー”なパンが作りたい!と思って、この22年間パンづくりに携わってきました。そしてそのためには、ワガママを100%通さないといけない。うちには13名のスタッフがいますから、私のワガママを通すためにキツイことを言ったりして、つらい思いをさせることも…。けれど、自分の納得のいくパンを作るためには妥協したらおしまいですからね。そうでないといい作品は作れないと思うんです。

Q. これからもずっと続けていきたいですか?
A. どうでしょうね~。そろそろどこかへまた出かけたいなぁと思っているんです。人生って限りがあるでしょ。だからこれでもか!って納得がいくことをやり続けていきたい。これまでも毎年8月はまるまる1ヵ月休んでいるんです。プライベートな時間を思う存分持った方が、いい仕事ができる。そのために取る長い休暇はお客さまに対する義務と責任だと思ってるんです。な~んて、自分が休むための言い訳に聞こえるかもしれませんけど(笑)!

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●クセ?
涙がよく出るので、涙を拭うために目の下をゆびでなぞるのがクセになっちゃってるかな~。

●ケータイ?
実はケータイ持ってないんです…。緊急時には便利だと思いますがー。

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