那珂川沿いに立つ、ブルーとクリーム色に塗り分けられた一軒家。1階はカウンター5席、2階はテーブル11席という小さな店だ。1階のオープンキッチンで腕を振るっているのは、オーナーシェフ久保田さん。この店を語るには、まず彼のキャリアに触れなければならないだろう。
大学の工学部を卒業し、一旦は就職。なぜか理系の企業ではなく、いまや世界的企業に成長した某アパレルメーカーで約2年間勤める。その後、一年発起し渡英。プリマスという田舎町に落ち着く。たまたま下宿した先が、フィッシュ&チップスの店だったことが、その後の運命を変えたのかもしれない。
1年半ほどのイギリス滞在から帰国し、親不孝通りに店をオープン。イギリス帰りなのに、なぜか店はアイリッシュパブではなく、中国茶を売り物にしたアジアン・カフェ。しかし、この店でもっとも評判をとったのは、本場イギリス仕込みのフィッシュ&チップスだった。タラの鮮魚を使い、衣の小麦粉の配合にもこだわった。上にかけるモルト・ビネガーはイギリスの下宿先の店で使っていたハインツのものだ。当時福岡でここまで本格的なフィッシュ&チップスを食べさせる店は皆無だったため、たちまち人気に火が着く。気がつくと、店は外国人の常連客でにぎわうようになっていた。
この時点で久保田シェフの中では、料理への情熱が芽生えていたのだが、いかんせん正規に料理の教育を受けたわけではないので、技術は頭打ちの状態。それを打破しようと、2年続けた店を畳んで、再度渡英したのが2006年、26歳の時だった。
飛び込みで有名レストランを回り、まず潜り込んだのが京都懐石がウリの高級日本食レストラン「Umu」。ここで料理の基礎を学び、次に移ったのがロバート・デ・ニーロやジョルジオ・アルマーニも認めた「Nobu」のロンドン店。この店で「フュージョン」という料理のスタイルを身につける。その後、ミシュラン三ツ星シェフ、ピエール・ガ二ェールのフレンチレストラン「Sketch」を経て、2か月先まで予約がとれないという超人気店「Zuma」に入る。この店では、カウンターキッチンの係まで上りつめ、マドンナやコールドプレイのフロントマン、クリス・マーティン、ケイト・モス、サッカーの元フランス代表、ティエリ・アンリなど、そうそうたるセレブに料理を披露している。「Zuma」を辞めた後は、フリーランスのシェフとして、ドゥバイやイスタンブール、モルドバ、ギリシャと、世界各地の厨房を飛び回って来た。
その久保田シェフが、春吉の小さなレストランで毎晩料理を振舞っている。これこそ福岡でしか味わえない贅沢だろう。
久保田シェフの作るロンドン仕込みの「日本食」は、ひと筋縄ではいかない。メニュー名こそオーソドックスな「SUSHI plate」(¥1,500)で食べられるマグロのにぎりは、パラペーニョをトッピングし特製のオニオンオイルで味付けしたスパイシーな一品。スズキのにぎりには、プチトマトとキャビアを合わせた。和の食材をヨーロッパの技法で調理することにより、新しい味を創造している。
メニューは日本食だけではなく多国籍。トルコ風のラム挽肉のグリルにバングラデシュ風のソースをかけたラムコフタ(2本¥800)は、スパイスの香りが立ち上り、赤ワインによく合う。4月にはスイスの名物料理ラクレットもメニューに並ぶ。もちろん、親不孝通りで一世を風靡したフィッシュ&チップスを求めて店を訪れる客も多い。
日本は世界でも有数のグルメ大国だ。海外に出なくても、世界中の料理が食べられるような錯覚さえ起こしてしまう。「でも、世界には、みなさんの知らない料理がたくさんあるんですよ」。そう語る久保田シェフの口調は、決して力むことなく、常に穏やかだが、彼が作る料理は実に刺激的で、食べる者に新鮮な驚きと発見を与えてくれる。
Menu
おまかせ(量によって値段が変わる) ¥850、¥1,350、¥1,850
New Style 刺身 ¥680、野菜のグリル ¥500
スパイシーツナロール¥480、カリフォルニアロール ¥480,
ビール ¥500 ~、グラスワイン ¥450 ~、焼酎 ¥600
テラスとミコー
Address: 福岡市中央区春吉2-1-16
Tel: 092-731-4917
営業時間: 19:00〜01:00
定休日: 不定
Originally published in Fukuoka Now magazine (fn148 Apr. 2011)