なんだか心地よい。空気感がいい。
そびえ立つ岩石に迎えられ、柑橘畑が広がる海沿いの道を走ると、その感覚は実感として身体に刻み込まれる。西側は不知火海に面し、東南北は山々に囲まれる津奈木町は、熊本県の南部に位置し、海の向こうには天草諸島を眺めることができる。
今回、私たちが津奈木町を訪れた目的は『アート体験』だ。海に浮かぶ小学校での日本画体験、町内に点在する彫刻巡り、森の木々に彫られた仏像群など、人口4,400人ほどの小さな町から届いた案内を片手に、まだ足を運んだことがなかった津奈木町にやってきた。
まず最初に訪れたのは、写真を見てからずっと気になっていた場所『達仏(Tatzu Butzu)』。かつては憩いの場として整備されたものの使われなくなった森の生木に、仏像を彫って「⼈々の活⼒ある未来を祈る場」として2017年に制作された、森が丸ごとアート作品だ。世界的にも著名な現代アーティスト・西野達(Tatzu Nishi)の作品で、彼の公共的な空間で常設されている日本唯一、世界でもフランスに次いで2カ所目の作品だ。
まず、ここにこんな場所があることに驚く。生木に彫られて金色に塗装された33体の仏像は、一体ずつ姿も表情も異なり、木洩れ陽に照らされて輝く様子は神秘的だ。津奈木川が不知火海に流れ込む河口側にあるコンパクトな森は、みんなの森。見学自由だ。
そこに隣接するのは『石霊の森(Ishidama Garden)』。役場近くに植林されていたイチョウの森と、利用目的をなくして保管されていた大量の石を利用し、石の中から声(言霊)が聞こえる様子を表現した現代美術家・柳幸典(Yukinori Yanagi)による2021年の作品。
そこにたまたま存在するものを利用して作られた『石霊の森』。色々な形の石は人間の多様性を表し、時間を経て角が取れた石に耳を傾けると聞こえてくる様々な声。水俣病の惨状を描いてきた作家であり詩人の石牟礼道子の文学をはじめ、さまざまな事象に翻弄され続けた地域の文化や歴史が言霊となってイチョウの森に響く。
公害病・水俣病を世界に伝えた写真家のユージン・スミスや、石牟礼道子の作品がこの地にないことに衝撃を受けた柳幸典が作った過去に向き合う場所だ。
津奈木町は、1984年から「緑と彫刻のある町づくり」を掲げて、それ以来ずっとアートによるまちづくりを進めている。一過性のもので終わらぬよう、地域の人と一緒に育てるような作品も多く、これまでのプロジェクトで制作されたアート作品や、彫刻は町のいたるところで見ることができる。
これまでのアートプロジェクト:
https://www.tsunagi-art.jp/collection/enjoy.php
屋外設置の16の彫刻
https://www.tsunagi-art.jp/collection/outside.php
駅や役場がある町の中心部から、Mediterranean Blue(地中海の青)の海と、柑橘畑を眺めながら向かうのは赤崎地区。
津奈木町の象徴的な存在でもある旧赤崎小学校を目指します。1976年に客船をイメージして建てられ、船の煙突のように中央が突き出た校舎は、満潮時は海に浮かんでいるように見えます。完成当時は、小学生が中から釣りをしている写真が新聞掲載されて話題になった場所。2010年に閉校してからは建物には入ることができないけれど、今もアートプロジェクトの場として活用されています。
今回の体験の場は、海の前に設けられた屋根付き屋外ステージ。津奈木町に暮らす日本画家の大平由香理さんと一緒に、絵具となる石を探し、砕いて絵具を作る過程から行います。
干潮時には、目の前の弁天島まで歩いて渡ることができるため、タイミングが合えば石を拾ってくることもできる。石の砕き具合で色も風合いも変化するなど、日本画の面白みを教えてもらいつつ、クリエイティブなことにじっくりと向き合う時間はとても豊か。津奈木町での体験を、アート作品として持ち帰ろう。
日本画家・大平由香理さんと日本画体験
海の上の小学校でとっておきのアート体験 〜世界でひとつのオリジナル絵の具づくり。津奈木の色で津奈木の風景を描こう(2.5時間)〜
詳細・予約:https://unalabs.jp/tourism/gktn03/
町が行うアーティスト・イン・レジデンス事業の2019年招聘作家として、約4カ月間を津奈木町で過ごした日本画家の大平由香理さん。翌年からは津奈木町に移住し、つなぎ美術館のサポート業務を担いながら自身の制作を続けている彼女と一緒に、沿岸の石を使ったオリジナル絵具で描きます。大平由香理さんの滞在制作作品《つなぐ》は、つなぎ美術館から徒歩2分のつなぎ文化センターロビーに常設展示されています。
旅先では、食事も大切な体験のひとつ。
九州地方は、豊かな自然に恵まれた美味しい食材に溢れてます。幸運にも、今回は牡蠣のシーズンに訪れたため、津奈木町の新名所「つなぎオイスターバル」へ。
牡蠣の養殖を始めるにあたって、糸島へ研修に行ったという津奈木町漁協が運営するオイスターバルは、漁港に臨む高台にある小学校だった建物が会場です。見晴らしが良く、対岸には天草諸島が見えます。
ミルキーで大粒な牡蠣は、炭火で焼くだけでも美味しいけれど、バジルやニンニクと牡蠣を合わせて作ったオリジナルのバジルソースとの相性は抜群。牡蠣が育った美しい海を眺めながら、シンプルにいただく究極のFarm to Tableです。
つなぎオイスターバル
公式facebook
熊本県葦北郡津奈木町福浜3503
牡蠣のシーズン(1月から4月下旬頃)の土日祝日にのみオープンする、津奈木漁協直営の牡蠣小屋。津奈木の海(不知火海)で養殖された真牡蠣を入口で購入し、それぞれのテーブルで炭火焼きするセルフBBQスタイル。
また、旬の地魚を使った「地魚フェア」も随時開催されています。私たちが訪れた早春は、津奈木町の名物「太刀魚」が旬真っ只中。脂がのって柔らかい白身は、刺身や焼き、天ぷらにしても美味しい魚。今回は、津奈木町民の憩いの場、つなぎ温泉四季彩のレストランで定食をいただきました。
つなぎ温泉四季彩
https://www.town.tsunagi.lg.jp/shikisai/
熊本県葦北郡津奈木町岩城435
重盤岩の麓にある日帰り温泉施設。大浴場や露天風呂、家族風呂など地域の人の憩いの場でもあるが、岩山の途中にある展望露天風呂は、専用モノレール(往復¥100)で繋がる全国でも珍しい存在。津奈木の町並みを一望でき、不知火海に沈む夕陽を見ることもできる。
このつなぎ温泉の背後には、津奈木町のシンボルである岩山、重磐岩(ちょうはんがん)が聳えます。
頂上には絶景が広がります。足腰に自信があれば20分ほどで登ることができますが、きつい傾斜も楽々と登ってくれるつなぎ美術館発着のモノレールが便利。2022年3月から現代美術家・柳幸典が監修したラッピング車両にリニューアルして運行中です(往復¥300)。
隣接する津奈木城跡(1334年築城)一帯に整備された舞鶴城公園は町の桜の名所。別名・舞鶴城と呼ぶのは、この城を攻めても空中を鶴のように舞ってしまい容易に落とせないからとの伝承から…。
舞鶴城公園
熊本県葦北郡津奈木町岩城
津奈木町のシンボルである岩山、重磐岩(ちょうはんがん)と、隣接する津奈木城跡(1334年築城、別名:舞鶴城)一帯に整備された公園。遊歩道も整備されているが、便利なのはつなぎ美術館発着のモノレール(往復¥300)。
つなぎ美術館
https://www.tsunagi-art.jp/
熊本県葦北郡津奈木町岩城494
津奈木の町立美術館。熊本県ゆかりの作家による作品など約450点を収蔵し展覧会も行うが、ユニークなのは、住民参画型アートプロジェクトを積極的に実施し、アートを通じた地域内外の交流にも力を注いでいること。町中には16体の屋外彫刻のコレクションが点在し、これまでのアート活動で制作された作品も各地で体験、鑑賞できる。
石霊の森
現代美術家・柳幸典による屋外作品「石霊の森」。水俣出身の作家 石牟礼道子さんの文学作品から着想を得ている。銀杏の森に設置された巨石の割れ目から、この土地にまつわる声が漏れ聞こえる。
達仏
現代アーティスト・西野達による屋外作品。静かな森の中、木々に直接彫られた仏像群。
旧赤崎小学校と赤尾島
日本で唯一、海の上に建てられた小学校。耐震の問題で閉校したが、アートプロジェクトの場として活用されている。裸島、弁天島、黒島と呼ばれる3つの島から成る赤尾島は、干潮時に陸とつながる。
旧赤崎小学校のプールは、芸術体験ができる宿泊施設「入魂の宿」(石牟礼道子の詩「入魂」から引用)として再生され、2022年5月中旬にオープン予定だ。
<立ち寄りどころ>
亀萬酒造
https://www.kameman.co.jp/
熊本県葦北郡津奈木町津奈木1192
日本最南端の天然醸造蔵元。仕込みの際の温度を氷で調整する「南端氷仕込み」という独自の方法を用いて南端ならではの酒造りを行う、創業1916年の老舗造り酒屋。米作りから酒蔵で手がけた津奈木産を極めた純米吟醸酒、今茲(税込¥2,000)や、全国的にも珍しい古代赤米を原料に、焼酎麹で醸した赤い日本酒「緋穂」が気になります。赤い酒といえば、熊本には古くから木灰を投入して作る赤酒が有名ですが、「緋穂」は赤酒とは全く異なり、赤ワインに例えられるような、ほのかな酸味と米の甘みが特徴。
お菓子の国あん・さんく
https://uncinq15.com/
熊本県葦北郡津奈木町小津奈木2113-88
津奈木町唯一のパティスリー。地域の食材を使って、2代目パティシエールが手作りするやさしい味のお菓子を求めて、地域の人が次々と訪れる。地元産フレッシュフルーツをたっぷり使ったケーキが、毎日ショーケースいっぱいに並ぶ。お土産には、名産の甘夏を使った甘夏パイ¥1,350(日もち常温30日)がおすすめ。
つなぎ百貨堂
https://tsunagi-store.stores.jp/about
熊本県葦北郡津奈木町岩城1601
町が旗振り役となって自然栽培を推進している津奈木町。名産品を集めた物産館では、スイートスプリングやデコポンなどの柑橘類をはじめ、ジュースやゼリー、調味料や魚の加工物などを販売。
農産物や海産物、手作りの饅頭や弁当などを販売する直売所。柑橘類が豊富。
JAあしきた 津奈木ふれあいの店
https://www.ja-ashikita.or.jp/market/#market_03
熊本県葦北郡津奈木町岩城1604-1
農産物や弁当、惣菜、海産物などを販売する直売所。いきなり団子のイートインスペース有り。
よりみち
熊本県葦北郡津奈木町大字岩城24-1
アクセス(福岡市内から)
・九州自動車道福岡IC >> 津奈木IC >> 国道3号線を水俣方面へ:約3時間
・JR博多駅 >> JR新水俣駅 >> 肥薩おれんじ鉄道「津奈木駅」:約1.5〜2時間
・JR博多駅 >> JR新水俣駅(約1時間) >> レンタカー(10分弱):約1.5時間弱
夕陽も美しい津奈木町。町の要所を巡った動画「Kyushu Live」はこちら。
取材協力:津奈木町役場 (熊本県葦北郡津奈木町)
https://www.town.tsunagi.lg.jp/